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アイスリボン選手プロフィール




藤本 つかさ  (ふじもと・つかさ)
生年月日1983年7月30日
出身地宮城県
身長・体重158cm 48kg
キャッチフレーズビーナスシュート
デビュー

2008年8月23日 新木場1st RING
赤城はるな戦

得意技ドロップキック、ミサイルキック、ビーナスシュート、ツカドーラ、ビーナス
クラッチ、サッカーボールキック、ダイビングローリングネックブリーカー、
インフィニティ、ジャパニーズオーシャンサイクロンスープレックスホールド 
タイトル歴

第5代&第11代&第13代ICE×60、第18代&第23代ICE×∞、
第5代&第6代トライアングルリボン、第14代&第23代&第25代&第28代&
第32代&37代インターナショナルリボンタッグ、第4代&第8代REINA世界タッグ、
第4代WAVE認定タッグ、第7代&第10代IW19、第912代&第915代&第918代アイ
アンマンヘビーメタル級、第4代REINA世界女子、第47代JWP認定タッグ、第20代
デイリースポーツ認定女子タッグ


 映画「スリーカウント」出演のためにプロレスを始める。抜群の運動神経とプロレスセンスで    
 すぐに頭角を現し、ICE×60・初代王座決定トーナメントでは準決勝にまで進出する。  
 2009年1月14日の進退発表でプロレス続行を宣言。限られた期間できっちりと終わろうと
 ぎりぎりまで考えていたという志田光とは対照的に、赤城はるなとのデビュー戦を行った時
 から、ずっと続けていこうと決意していたという。その後も快進撃は続き、2009年6月に開催
 されたICE×60・次期挑戦者決定トーナメントではみなみ飛香・聖菜・真琴と先輩レスラーを
 立て続けに破り、王者・市来貴代子に挑戦した(ベルト奪取はならず)。  

 2009年7月、練習中に右腓腹筋肉を部分断裂。間近に迫っていたアイスリボン初の後楽園
 大会は欠場必至かと思われたが、「驚異の回復力」(担当医・談)で治癒し、心酔する夏樹
 ☆たいようと組んで無事後楽園大会に出場した。
 ビーナスシュートやツカドーラといったオリジナルホールドはインパクトも大きく、ファンが選出
 する2009年日刊バトル大賞女子プロレス部門技能賞を受賞する。

 2010年1月、アイスリボン年初興行である新木場大会にてさくらえみを秒殺。第5代ICE×60
 王者となり、3度の防衛に成功する。
 同年12月11日にはしもうま和美をフォールし、トライアングルリボン王者に。これが提唱者で
 ありベルト製作者でもある藤本の初戴冠であった。
 12月23日には志田光と組んでさくらえみ&高橋奈苗組に勝利。インターナショナルリボン
 タッグ王座を初獲得し、団体3人目のグランドスラムを達成する。その3日後の後楽園大会で
 はコマンドボリショイを撃破。他団体に流出していたICE×60王座を4ヶぶりに奪回すると共に、
 団体初の3冠王者となった
 ICE×60王座は2011年8月、みなみ飛香に敗れるまで7度防衛。11月には飛香に雪辱し、
 3度目の王座に就いた。

 2012年2月、豊田真奈美が結成を勧めたつくしとのタッグチーム「ドロップキッカーズ」でイン
 ターナショナルリボンタッグ王座を獲得。
 同年5月よりWAVEで開催された「catch the WAVE」に参戦、ブラック・ダリアブロック優勝決
 定戦にまで進出する。
 6月にはREINA×WORLDにて志田光とタッグを組み、REINA世界タッグを奪取。
 8月にはDDT武道館大会に参戦し、サッカーマッチで1ゴール1アシストの活躍を見せた。
 11月25日、志田光とリボンタッグ&REINAタッグ王者になると、2日後には大畠美咲と組んで
 WAVE認定タッグ王座を奪取。タッグ三冠王者となるも、翌日にはリボン&REINAタッグを失う
 というめまぐるしい事態を経験する。

 2013年5月、希月あおい&つくし組を破ってリボン&REINAタッグを取り戻すと、翌月には星
 ハム子に勝利し2度目のIW19王座を獲得(第10代)。かくして、封印が決定されたIW19王者
 として、ICE×60王者のつくしと最初で最後のシングル2冠戦を行うことになる。
 アイスリボン初開催となった新宿FACE大会にて満員の観客を集めた大一番は藤本に軍配
 が上がった。試合後にベルトを立会人のGENTAROに返上。IW19王座はケースに収められ、
 その役割を終えた。直後にマイクを取った藤本は、ICE×60王座の体重制限撤廃を宣言。
 撤廃後初の挑戦者として豊田真奈美を指名する。
 ICE×∞(アイシーイー・クロス・インフィニティー)と改称された初の王座戦は8月の後楽園大
 会で実現。リビングレジェンドのテクニックとパワーに苦しみながらも、掟破りのジャパニーズ
 オーシャンクインビーボムで初の豊田越えを果たした

 同年には数々のバラエティや情報番組にも出演。「銭形金太郎」では有田哲平に抱きつか
 れる屈辱を受けるも、「もやもやさまぁ〜ず2」では大竹一樹にドロップキックをぶち込み、
 三村マサカズから「つかさちゃん凄すぎるよ!」との言葉を引き出してみせた。
 また、「母の味宅急便」では母からのお弁当と手紙を受け取るというサプライズに涙した。

 2014年最初の横浜リボンにて志田光の3月退団が発表されると、インターナショナルリボン
 タッグの防衛戦を頻繁にこなしていく。マッスルビーナスは最終的に8度の防衛に成功。
 牙城を崩すチームは遂に現れず、ベルトは返上することとなった。
 3月30日の後楽園大会では志田光とシングル対決し、ビーナスシュートで勝利する。試合
 後に二人が贈り合った言葉、「いつか、きっと」はマッスルビーナスに相応しい別れであった。

 4月16日、石岡女子プロレスフェスティバルに参戦。これが後にアイスリボンに大きな波紋を
 呼ぶことになる。
 「アイスリボンの選手にセミやメインは無理」。
 石岡で投げかけられた言葉を、藤本つかさは許せなかった。
 その言葉の主・ダンプ松本に対して宣戦布告し、8月の後楽園大会にてシングルマッチで
 激突する。試合は反則で勝利するも、屈辱をはらしたとはいえない結果に終わった。
 しかし、この日の大会は第1試合から石岡大会と同じカードのメインまで、普段とは全く別種
 の緊張感に満ちたものとなった。大会を貫いていたのは、「アイスリボン」を見せてやろうとい
 う全選手の”気概”。藤本つかさが2014年に掲げていたテーマ、「団体力」が発露した一日で
 あったと言えるだろう。

 タッグベルト返上後は特定のパートナーを持たずにシングルマッチに注力し、ICE×∞の防
 衛回数を増やし続けていった。11月の横浜リボンで希月あおいを倒し9度目の防衛に成功
 すると、次期挑戦者にJWPの中島安里紗を指名する。
 ICE×∞とJWP無差別級、それぞれのベルトにそれぞれが挑む、前代未聞の連続タイトル
 マッチは両者とも自分のベルトを防衛。その後∞王座をくるみに敗れて失うと、またもや
 壮大な仕掛けに動いた。32人掛けー。豊田真奈美・田村欣子両者の記録を抜く空前絶後の
 タフマッチを藤本つかさは戦い抜いた。試合後、豊田真奈美は藤本を絶賛すると共に、自らの
 代名詞・ジャパニーズオーシャンの後継者に指名したのであった。
 その後焦点はタッグ王座獲りへと移行する。パートナーは、シングル王座でしのぎを削った
 中島安里紗。両者が組んだ「ベストフレンズ」は抜群の安定感と強さをみせ、無敗のまま2015
 年10月にリボンタッグ王座を奪取。12月にはJWP認定&デイリースポーツ認定女子両タッグ
 王座に就いた。シングルでもREINA世界女子王を獲得し、ベルトコレクターぶりを発揮している。

 2016年4月23日、道場マッチにさくらみが突如来場。横浜文化体育館大会での激突が電撃決定
 する。藤本とさくらの対決は2012年1月以来のことであった。翌月、今度は藤本が我闘雲舞後楽
 園大会に乗り込み再度対決する。エンディングでは互いに逆方向を指差して退場。二人の物語は
 ここに完結した。
 7月の後楽園大会では世羅りさを破りICE×∞王座を獲得。これが同王座5度目の戴冠である。
 試合後には所属全選手との防衛戦をぶち上げる。初防衛戦は同月、横浜大会での雪妃真矢戦
 これを皮切りに着実に防衛を重ねている。果たして完遂なるのか、ストップをかける選手が
 現れるのか、目を目を離すことができない。

 海外遠征経験も豊富で、過去アメリカ・イギリス・メキシコで試合を行なっている。東北福祉大
 出身で教員免許を持つ。企業等に請われての講演活動ではダブルチョップや張り手の”闘魂注入”
 が名物だ。2015年4月よりアイスリボン取締役選手代表に就任、名実共に団体の顔である。
 
 フットサルチーム、「南葛シューターズ」のゴレイロ(ゴールキーパー)でもある。
 オフィシャルブログは「藤本つかさオフィシャルブログ「★今日も元気におつっかれ〜★」」。


2016/10/19 LAST UPDATE
2012/09/16 NEW

2010/9/22     2009/4/29     2009/8/17
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