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アイスリボン選手プロフィール


藤田 あかね  (ふじた・あかね)
生年月日1987年1月3日
出身地愛媛県
身長・体重164cm 63kg
キャッチフレーズ愛媛のジューシーみかん
デビュー2013年5月25日 ラジアントホール
内藤メアリ戦
得意技みかんでポン、POMジュース、変形キャメルクラッチ 
タイトル歴第27代トライアングルリボン
Twitter@akanefujita103


 プロレスラーを目指しながらも怪我で断念。再度プロレスに向かうきっかけとなったのは、
 アイスリボンのプロレスサークルであった。  
 ここからアイスリボン練習生となり、2013年5月22日、くるみを相手に初のエキシビション  
 マッチを行う。その3日後にはラジアントホールでデビュー。内藤メアリとシングルマッチ
 行うも、変形キャメルクラッチに敗れた。  
 その後1試合を行ったものの、膝の怪我により長期欠場に入ることになる。  

 藤田あかねがプロレスラーになってやりたかったことの一つが、被災地キャラバンであった。
 「被災地で大会を出来ないでしょうか?」 佐藤社長はデビュー直後の藤田から相談を受け
 ていたという。9月に実現した第2回のキャラバンには藤田も同行し、さんさん商店街大会の
 6人タッグマッチにて久しぶりの試合を行った。佐藤社長は「彼女がいなければ今回の被災地
 キャラバンはありませんでした」と語っている。  
 10月10日に膝の手術を行い、約一月の入院生活を送る。退院後の11月24日にはおでかけプロ  
 レスにスタッフとして参加。久しぶりに元気な姿を見せ、藤本つかさとトークショーを行った
 り、車冬次郎の求婚を光の速さで断ったりした。  

 復帰を果たしたのは2014年6月4日のアイスリボン564。内藤メアリと組んで藤本つかさ&星
 ハム子組と戦った。
 初の自力勝利を挙げたのは2015年3月21日、後楽園大会での6人タッグマッチ。「みかんで
 ポン」で235をフォールすると、8日後にはシングルマッチでも235に勝利した。
 2016年2月、WAVEの「CATCH THE WAVE ヤングブロック」に出場。4月には地元で開催
 された愛媛プロレスの旗揚げ戦に参加した。
 2016年7月の後楽園大会では、タッグながら先輩の宮城もちから初の勝利を挙げる。いよいよ
 藤田あかね覚醒近しと思わせたが、同月に左膝前十字靭帯断裂の大怪我を負ってしまう。手術
 を決断し、再度の長期欠場に入った。
 2017年3月の後楽園大会にて復帰。5月のラジアント大会で世羅りさからフォールを奪うと、
 同月のKFC大会にてICEx∞王座に初挑戦を果たす。ハードコアルールで行われたこの試合
 以降、たびたびハードコアマッチを行うようになり、超花火では電流爆破マッチも経験した。
 2018年は鈴木秀樹により氷結相撲巴戦化してしまったトライアングルリボン戦線における主役
 となる。7月の後楽園大会にて松本都を倒し遂に初戴冠するも、鈴木にベルトを持ち逃げされ
 て戴冠できず、といううややこしい事態に見舞われた。8月の横浜文体にて鈴木&ケンドー・
 カ・シンと「幸せマシーンズ」なる謎のユニットを結成。氷結を倒し、試合後にようやくベルト
 を巻いた。

 2019年、朝陽から熱烈なラブコールを受けて「オレンジサンライズ」を結成し、第1回絆トー
 ナメントで優勝する。朝陽と組んだ試合の後に見せる柔らかな表情は、他の選手と組んだ際
 には見られないものであった。
 2020年1月、ドロップキッカーズの持つリボンタッグ王座にオレンジサンライズで挑戦。翌月
 には雪妃真矢とICE×∞戦を行うが、いずれもベルトは奪取できなかった。
 12月、後楽園大会にて世羅りさのFantaitICEに挑戦。画鋲バットやコンクリートブロック等を
 持ち込み奮闘するも、最後はマイクロフォンボードとブロックを載せられた上でのダイビング
 ダブルニードロップに敗れた。

 柊くるみ・宮城もちとは「フランクシスターズ」、世羅りさとは「チームしまなみ」として
 タッグを組む。大のドラゴンズファン。夏の上野大会では世羅りさと戦う中日 vs 広島の超
 ロングマッチが恒例となっており、FantaitICEが賭けられた2020年の一戦は49時間39分48秒
 に及んだ。
 ロックバンドでドラムを叩いていた経歴を持つ。スリップノットやメタリカのファン。


2021/04/05 LAST UPDATE
2013/12/25 NEW
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