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アイスリボン選手プロフィール

 
宮城もち  (みやぎ・もち)
生年月日1998年5月28日
出身地宮城県
身長・体重156cm 70kg
キャッチフレーズグラマラス・ライスケーキ
デビュー2010年12月25日 イサミレッスルアリーナ  しもうま和美戦  
得意技もっちりバディシザース、メタボリックサンド 
タイトル歴第16代&第18代インターナショナルリボンタッグ


 2010年末に上京し、アイスリボンに入団。当時デビューを目指していた長野  
 レミ(現・ドラミ)の怪我という事情も重なり、12月25日にしもうま和美戦でデ  
 ビューを果たした。上京してわずか20日後のデビューは、その早さに驚いた  
 都宮ちいを更に上回る早さである。  
 初勝利は翌年1月29日のつくし戦。試合後の座談会ではにこにこ顔で喜び  
 を訛り気味に語った。  
 もちもちのバディを生かした技の数々であっという間に頭角を現し、コスチュー  
 ムを合わせた星ハム子と組んだタッグチームでは「どっちがどっちか分から  
 ない!
」と観客を混乱の渦に叩き落とした。
 「らぶりーぶっちゃーず」というチーム名を得たハム子とのチームはここから  
 怒涛のセクシー旋風を巻き起こしていくことになる。  
 5月21日、りほ&みなみ飛香組を降してインターナショナルリボンタッグ挑戦  
 権を獲得するや、6月1日にはさくらえみ&Ray組を撃破し、一発でタッグ王者  
 の座に輝いた。フィニッシュはもちの放った雪崩式・メタボリックサンドだった。  

 膝の怪我の悪化の為、2012年3月25日の道場マッチを最後に長期欠場に入る。
 2014年2月11日の道場マッチにリングアナとして来場したもちは、「いつ復帰
 するの!?」とハム子に問われてこう答えた。「今でしょ!」。
 3月15日、道場マッチにおいて志田光を相手にエキシビションマッチを行う。
 ほぼ2年振りのファイトでありながらブランクを全く感じさせない動きと相変らず
 の抜群の存在感で場内を沸きに沸かせた。

 「プロレスでこんなにもちもちできるんだ」と感心してしまうほど、開発する技は  
 すべからくもちもち。試合運びもまるで10年選手のようにこなれている。  
 宮城もちは、確実に天才性を有したレスラーであると言えよう。  

 3月30日の後楽園大会において、盟友・星ハム子と戦い正式に復帰。それから
 わずか2ヶ月余りの北沢大会にて、早くもタイトル戦線にも復帰する。らぶりー
 ぶっちゃーずが.STAPに挑んだインターナショナルリボンタッグ選手権は世羅
 りさのダイビングダブルニードロップに敗れ、同タイトル3度目の戴冠はならな
 かった。
 7月19日、アイスリボン575において星ハム子がチーム解散を突然発表する。
 さめざめと泣き崩れたもちだったが、実は誕生日ドッキリ。それを知ってようやく
 顔を上げたもちからはつけまつげが落ち、別人の顔となっていたのであった。

 2015年7月、後楽園大会において畠美咲と組み、インターナショナルリボンタッグ
 次期挑戦者決定戦を行うが、新田猫子に丸め込まれタイトル挑戦には至らなかった。
 宮城もちにとって気掛かりであったのが、伸び悩む藤田あかねの存在。道場マッチ
 後の座談会ではたびたび厳しい言葉を浴びせて意識改革を促した。ここから発展し
 た藤田あかねとのシングルマッチやPantera☆Rosa・星ハム子と組んだあかね&
 235&弓李組とのタッグマッチなどは、2015年後半の道場マッチにおける一つの
 潮流をなしたと言えるだろう。

 2016年、新春横浜リボンにて盟友・星ハム子の持つICE×∞王座に挑戦。これがシン
 グルベルト初挑戦であった。
 5月の横浜文化体育館大会ではダイビングギロチンドロップを披露し、柊くるみから
 フォールを奪う。以降、ブル中野直伝のこの大技は宮城もち最大の武器となっている。
 7月にはGENTAROとハードコアリボンで対戦するなど、試合の幅を広げている。



2016/01/06 LAST UPDATE
2012/09/23 NEW
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