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アイスリボン選手プロフィール

 
宮城もち  (みやぎ・もち)
生年月日1986年7月21日
出身地宮城県
身長・体重157cm 65kg
キャッチフレーズグラマラス・ライスケーキ
デビュー2010年12月25日 イサミレッスルアリーナ  しもうま和美戦  
得意技もっちりバディシザース、メタボリックサンド 
タイトル歴第16代&第18代&第43代インターナショナルリボンタッグ


 2010年末に上京し、アイスリボンに入団。当時デビューを目指していた長野レミ(後のドラミ)
 の怪我という事情も重なり、12月25日にしもうま和美戦でデビューを果たした。上京して僅か
 20日後のデビューは、その早さに驚いた都宮ちいを更に上回る早さである。  
 初勝利は翌年1月29日のつくし戦。試合後の座談会ではにこにこ顔で訛り混じりに喜びを語った。  
   
 もちもちのバディを生かした技の数々であっという間に頭角を現し、コスチュームを合わせた星
 ハム子と組んだタッグチームでは「どっちがどっちか分からない!」と観客を混乱の渦に叩き落
 とした。「らぶりーぶっちゃーず」というチーム名を得たハム子とのチームはここから怒涛のセ
 クシー旋風を巻き起こしていくことになる。  
 5月21日、りほ&みなみ飛香組を降してインターナショナルリボンタッグ挑戦権を獲得するや、
 6月1日にはさくらえみ&Ray組を撃破し、一発でタッグ王者の座に輝いた。
 フィニッシュはもちの放った雪崩式・メタボリックサンドだった。  

 膝の怪我の悪化の為、2012年3月25日の道場マッチを最後に長期欠場に入る。
 ここから2年近くを経た2014年3月15日、道場マッチにおいて志田光を相手にエキシビション
 マッチを行う。久方ぶりのファイトでありながらブランクを全く感じさせない動きと相変らずの
 抜群の存在感で場内を沸きに沸かせた。

 3月30日の後楽園大会において、盟友・星ハム子と戦い正式に復帰。それからわずか2ヶ月余り
 の北沢大会にて、早くもタイトル戦線にも復帰する。らぶりーぶっちゃーずが.STAPに挑んだ
 インターナショナルリボンタッグ選手権は世羅りさのダイビングダブルニードロップに敗れ、同
 タイトル3度目の戴冠はならなかった。
 7月19日、アイスリボン575において星ハム子がチーム解散を突然発表する。さめざめと泣き崩
 れたもちだったが、実は誕生日ドッキリ。それを知ってようやく顔を上げたもちからはつけまつ
 げが落ち、別人の顔となっていたのであった。

 2015年7月、後楽園大会において畠美咲と組み、インターナショナルリボンタッグ次期挑戦者決
 定戦を行うが、新田猫子に丸め込まれタイトル挑戦には至らなかった。
 宮城もちにとって気掛かりであったのが、伸び悩む藤田あかねの存在。道場マッチ後の座談会で
 はたびたび厳しい言葉を浴びせて意識改革を促した。ここから発展した藤田あかねとのシングル
 マッチやPantera☆Rosa・星ハム子と組んだあかね&235&弓李組とのタッグマッチなどは、
 2015年後半の道場マッチにおける一つの潮流をなしたと言えるだろう。

 2016年、新春横浜リボンにて盟友・星ハム子の持つICE×∞王座に挑戦。これがシングルベルト
 初挑戦であった。
 5月の横浜文化体育館大会ではダイビングギロチンドロップを披露し、柊くるみからフォールを
 奪う。以降、ブル中野直伝のこの大技は宮城もち最大の武器となっている。
 2018年7月、札幌リボンにてアジュール・レボリューションを破り第43代リボンタッグ王者と
 なる。それは1年前、同地で予定されていたリボンタッグ戦を怪我で欠場するという事態に陥っ
 ていた事に対するリベンジでもあった。8月、横浜文体で2度目の防衛戦ではもっちりバディー
 シザースで大畠美咲をフォールし、アビッドリバルを相手に勝利した。
 2019年7月、練習中にアキレス腱を断裂。年内の欠場が発表された。



2019/10/04 LAST UPDATE
2012/09/23 NEW
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