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アイスリボン選手プロフィール





りほ  (りほ)
生年月日1997年6月4日
身長・体重152cm 42kg
出身地東京都品川区
キャッチフレーズにこにこじるし
デビュー2006年5月29日 品川中小企業センター
高橋奈苗戦
得意技くるくるリボン、そうまとう、さくらえび固め、ノーザンライトSH                    
タイトル歴第4代インターナショナルリボンタッグ、初代トライアングルリボン、
第7代ICE×60、第6代自由が丘6人タッグ、第42代UWA世界6人タッグ、
第2代&第3代日本海6人タッグ
紙テープの色ピンク、白

 初めて表舞台に出たのは、2005年5月1日。自軍入りの勧誘をしようとすり寄ったさくらえみ  
 の頬を張ったのが、りほだった。その軍団の名こそが「アイスリボン軍」。結局軍団結成は
 未遂に終わり、一時の話題として忘れゆく名前かと思われたが・・・
 翌年、「アイスリボン」は新しいコンセプトをもって、団体名として再度世に出る事になる。
 その第1号の選手としてデビューしたのがこのりほであったことに、深い歴史の綾を感じる。

 デビュー以降、その若すぎる若さが信じられないほどの完成度の高さを見せ、勝ち星を重
 ねる。リングデビューは2006年9月17日。後楽園ホールというプロレスの殿堂において全く
 物怖じしないファイトを披露、最後も真琴を鮮やかに仕留めて場内をアッと驚かせた。

 2008年10月、佐藤悠己と組んで高梨マサ子&趙雲子の持つインターナショナルリボンタッ
 グに挑戦して勝利し、第4代王者となる。    
 2009年11月にはトライアングルリボン王座決定戦にて藤本つかさをフォールし、初代王者
 となった(もう一人は高橋奈苗)。
 同月、都宮ちいとのユニット、「ミニチュアダックス」を結成。

 2010年3月、「風香祭Final」にてロイヤルランブルに出場。最後は鈴木みのるとFUJITAにド
 ロップを浴びせてリングアウトに葬り、優勝を飾った。
 2010年4月3日、中学生となって初めての試合で松本都を撃破。第7代ICE×60王者に輝き、
 アイスリボンの全てのベルトを巻くという、アイスリボン・グランドスラムの初達成者となった。
 初防衛戦の相手に選んだのは、師匠であるさくらえみ。5月の後楽園大会のメインイベント
 で戦うも、ラ・マヒストラルに敗れる。「これからどんどん成長していって、今と同じプロレス
 ができなくなって・・・」試合後涙ながらに語ったのは、早熟の天才ゆえの苦悩であった。
 
 2009年・2010年と連続してDDT武道館大会に出場。2010年にはくるくるリボンでアントーニ
 オ本多をフォールし、6人タッグ三冠王者となった。大舞台での戴冠はは特筆に値する快挙
 である。
 2011年8月、真琴のSMASH移籍会見に乱入してTAJIRIを急襲。同月の後楽園大会にてシ
 ングルで戦った。
 同年12月の後楽園大会では「ライト姉妹」として共に戦ってきた、実姉の聖菜の引退試合
 の相手を務める。試合後、泣きじゃくって送辞が読めないみなみ飛香に無言で歩み寄って
 代読する凛とした様は、まさに「りほ様」と呼ばれるに相応しいものであった。
 2012年5月、Wrestling New Classic旗揚げ戦を怪我で欠場する事になった紫雷美央の代
 役として、アイスリボンの同期である真琴からの指名を受けて出場。
 2012年9月1日、藤本つかさとのシングルマッチ後に、9月の後楽園大会を以てのアイスリ
 ボン退団を表明する。涙ながらに、りほはこう語った。

 「私は、さくらえみさんと、もう一度、一緒にプロレスがしたいです」。

 りほの試合の名物となったジャンピングニーからの「オー!」は、NEOの仲村由佳から譲り    
 受けたもの。西田夏・仲村に続いての三代目である。    
 「にこにこじるし」では数多くのレスラーとも共演を果たした。
 バラエティ番組への出演経験もある。聖菜と共に出演したテレビ東京「3丁目の夕日」では
 カンニング竹山にドロップキックを突き刺し、単独で出演した日本テレビ「スクール革命!」
 ではオードリー春日にさくらえび固めを2度に渡って極めた。
 ユニオンプロレスに現れた「ブラックチェリー」はりほに酷似している。
 また、獅子一色興行等に参戦した「おふう」はりほの遠縁だ。



2012/9/15 wrote.   2010/9/13   2010/4/22   2009/8/22   2007/10/21
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