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志田 光 (しだ・ひかる) |
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生年月日 | 1988年6月11日 | ||||
出身地 | 神奈川県 | ||||
身長・体重 | 164cm 57kg | ||||
キャッチフレーズ | 魂のスリーカウント | ||||
デビュー | 2008年8月23日 新木場1st RING 星ハム子戦 |
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得意技 | スリーカウント、魂のスリーカウント、魔女の一撃、フルメタルマフラー、 ファルコンアロー、ジャンピングニーパット、荒鷲ドライバー |
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タイトル歴 | 第14代&第22代&第32代インターナショナルリボンタッグ、 第14代ICE×60、第4代&第8代REINA世界タッグ、 第18代OZアカデミー認定タッグ、第6代WAVE認定タッグ |
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紙テープの色 | 赤 | ||||
プロレスデビューが出演条件という異色の映画、「スリーカウント」にて主役を演じた志田光 がアイスリボンのマットに初めて登場したのは、2008年7月20日。 同年8月23日に新木場1st RINGにて正式デビューを果たし、恵まれた体格と柔道経験を生 かした切れ味鋭い投げで、一気に注目を浴びた。 2009年1月14日、映画出演デビュー組の進退が発表される。志田の選択は「プロレス続行」 だった。さくらえみは当初きっぱりと辞めると表明していた志田に翻意させるべく、熱心に 説得したという。「我闘姑娘・アイスリボンと続けてきた中で、エースの器だと思ったのは二人 しかいない。一人は高橋李佳で、もう一人が志田光だ」と語るほどの惚れ込み様であった。 しかし、「大器晩成」という言葉を地で行ったかのように、試合数が格段に増えて以降も、 なかなか飛び出せない状況が続いていった。同じマッスルビーナス出身である藤本つかさ が驚くべきスピードでプロレスに順応し、志田自身もおそらく「別枠」と考えていたであろう 松本都がアイスリボングランドスラムまで達成してしまい・・・半ば一人取り残されたような状 況が好転してきたのは、2010年の夏。既定路線と思われたみなみ飛香のICE×60王座挑戦 に待ったを掛け、自分こそが挑戦者に相応しいと主張。実際、この頃から志田は実に伸び伸 びと、生まれ持った体格を存分に生かした闘いを見せるようになっていった。 結局挑戦権強奪は未遂に終わったものの、同年12月にはさくらえみをスリーカウントでフォー ルし、インターナショナルリボンタッグ王者に。その3日後には後楽園大会にて田村欣子の持 つ2冠王座に挑んだ。試合は予想を上回る熱戦となり、田村をして「これまでの防衛戦の中で 一、二を争うくらいの勢いがあった」と言わしめた。 この戦いから1年後の「RIBBON MANIA2011」、メインイベント。盟友・藤本つかさと対決した 志田は雪崩式ファルコンアローで勝利し、遂に第14代ICE×60王者の座に就いた。 2012年1月、TDCホールにて行われたブル中野引退興行でメインイベントに抜擢される。 同年6月には藤本つかさと組んでREINA世界タッグ王座決定トーナメントを勝ち抜き第4代王者 になると、翌月にはメキシコに遠征。プロレスの殿堂・アレナメヒコでも試合を行った。 順調に回り始めたかに思えたプロレス人生。しかし9月の後楽園大会において紫雷美央を 挑戦者に迎えた試合に敗れ、ICE×60王座から陥落してしまう。試合後、涙ながらに観客席 に呼び掛けを行った志田。「一緒にプロレスをしたいと思ってくれるなら立ってください」。 立ち上がった中には教え子である練習生、世羅りさや山口ルツコの姿があった。 そして志田は言葉を継ぐ。「ありがとう。彼女たちが未来です」と−。 2013年4月にはアジャ・コングと組みOZアカデミー認定タッグを奪取。翌月には藤本つかさと リボンタッグ&REINAタッグ、7月には桜花由美とWAVE認定タッグと立て続けにタッグ王者の 座に就いた。同月の新宿大会では朱里と4度目のシングル対決、新技・フルメタルマフラー でギブアップを奪った。試合後には朱里にタッグ結成を呼び掛けると共に、同世代による タッグマッチを提唱。8月の後楽園大会で実現した試合では下野佐和子からフォールを奪う。 10月のセンダイガールズ後楽園大会では重鎮 vs 新世代の勝ち抜き戦に出場、コマンドボリ ショイからフォールを奪っている。 同月、アメリカの団体であるSHIMMERに参戦。イギリス・メキシコに次ぐ三カ国目の海外遠征 であった。 2014年は志田のアイスリボン退団宣言という衝撃で始まった。 インパクトは最大級ではあるがファンの間に思ったほどの混乱が起きなかったのは、決して 少なくない数の選手の引退や退団を経験していたことも一因だとは思うが、何より志田光が これまでアイスリボンを支え続けてくれた事を知っているがゆえ、と言えるのではないだろうか。 自分のためだけにプロレスをやりたいという志田の気持ちも痛いほど分かる。だからこそ快く 送り出したい・・・それがアイスリボンファンの総意であると思う。 2014年4月、志田光のプロレス第2章のゴングが鳴る。 |